クリエイティブ・ライティング

クリエイティブ・ライティング(文章創作)講座

4月25日からの講座は満席になりました。ご参加ありがとうございます。

作家の田口ランディさんが講師

「クリエイティブ・ライティング(文章講座)」
定員25名の少人数クラス
全3回コースで
テーマは「創造的な心を育てる」

■作家・田口ランディさんから創作実習を受けられるとても貴重な講座です。

■席数に限りがございますので、お早めに下記のメールアドレスよりご予約を!

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■各クラスへのメールのご連絡先は以下です。お気軽にお問い合わせください。

下北沢クラス事務局

勝俣利彦

ka2ka2_104@icloud.com

お茶の水クラス事務局

吉池拓磨 デジタルメディア研究所

yoshiike.takuma@gmail.com

 クリエイティブ・ライティング講座は都内に3クラスあります

 

【下北沢ベーシック・クラス】
初めてクリエイティブ・ライティング講座に参加する方たちのための講座です。3回の連続講座で潜在意識とつながるためのワークショップを行いながら文章を書いていきます

【下北沢レベル2クラス】
ベーシック・クラスを受講された方が受ける3回連続の講座です。過去の体験の記憶により深くつながって、ことばにできなかったものをことばにしていきます

【お茶の水ベーシック・クラス】
2月28日より開講しました。下北沢と同じく、初めてクリエイティブ・ライティング講座に参加する方たちのための講座です。3回の連続講座でご自身の潜在意識とつながり、表現することの楽しさを感じていきます。

Processed with MOLDIV

わくわくした気持ちをとりもどして表現する楽しさを体験

 

■文章だけでなく、創造全般、アートでも、ビジネスでも、子育てでも、いかに自分が「クリエイティブ」な状態にいるかが大切。

■わくわくしていればそれだけで人生が楽しくなり、才能が開花していきます。

■「クリエイティブな感じ」がどういうものか体験し、その状態に在るよう意識して体験型のライティング講座です。

文章教室ではなく創造的な状態をつくるための場です

講座の内容は参加メンバーの個性や、お教室の場の雰囲気によって毎回少しずつ変わります。初心者の方のベーシック・クラスでは以下のようなワークを行っています

【第1回 発見する】
・じぶんの感じ方に意識を向ける(自分を見る)
・詩歌・俳句を味わいながら意識がどう内面に向けられるか知る

【第2回 観察する】
・見ていないものを見つける(世界を見る)
・ビジュアル化のトレーニング

【第3回 潜在意識】
・忘れていたことを思いだす(表現をする)
・身近なことを題材に短編小説を書く

■参加費(全3回)28,000円(税込)

■全3回の講座料金です。三回連続で受講可能な方がお申し込みください

■講座は月一回、火曜日の19時15分から21時30分です

<お願い>

※参加費は事前払いになります。
※定員になり次第、応募締め切らせていただきます。
※お返事はメールを頂いてから土日を除いた3日以内に致しますのでお待ちください。
3日を過ぎてもお返事のない時はお手数ですが、再度ご連絡ください。
※会場に駐車場はございません。
※2週間前までのキャンセルの場合料金の50%、前日・当日の場合料金の100%のキャンセル料がかかります。
ご理解の程、何卒宜しくお願い致します。

 

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参加されたみなさんの感想

・とっても楽しかった。毎回、何が起こるんだろうとわくわくしながら通いました。

・あんなに集中したことがないです。どうしてできたのか自分でも不思議

・まさかと想像もしなかったことがたくさん起こって自分のなかのなにかが変わりました

・どうしたら文章が書けるんだろうって思っていたけれど、悩む必要がなかったことがわかった

・毎回ドキドキして、あっという間の三回。終わったあとはふわふわして変な感じ。潜在意識に入ったのかな。

受講者の方たちの作品をご紹介します

クリエイティブ・ライティング講座では文章実習時間は長くても20分です。その短い時間に参加者の方たちが書いた作品をご本人の承諾を得てご紹介いたします。潜在意識とつながることで一気に集中力が上がり内面にダイブして記憶を拾い上げてきました。湖底に眠る金貨のような作品です。ほんとうにみなさんの可能性はすばらしいと感じました。20分で書き上げた文章とは思えませんが、毎回、奇跡は起こります。田口ランディ

オショボの地で」

尾群けい

広い庭にたくさんの人が集まってきた。今日はお祭りの日。ナイジェリア、ヨルバのお祭りだ。ここはかつてビアフラとよばれていた地域。内戦で多くの人が生活の場を失い、子どもたちは飢餓に苦しんだ。そんな土地柄だからか、この地でのパーティーに参加する人はひとりひとり自己紹介をする習わしだ。自分はどこから来てどこの誰なのかと身分を明かす。
そして、簡単な自己紹介をしゃべり終わるとアフリカンドラムが鳴り響く、トーキングドラムは“エカボ!”とあいの手を入れる。エカボとは、こんにちはようこそ、というニュアンスらしい。そして、これまたひとりずつこの調べに合わせて即興で踊るのだ。
イギリス人のグループは、アフリカンダンスもやるダンサーのグループらしく、体いっぱいでアフリカンダンスをそれぞれが表現していた。現地の人たちもやんやのかっさいをおくっている。すごい迫力だ。ひとりずつ自己紹介をして踊る。そのくり返し。自己紹介といっても、名前とどこから来たかを言う程度、誰でも分かる。ただ踊りを見ているのは実におもしろい。うまい、うまくないじゃなくて、何をいうんだろう。その人らしさを感じてしまうのだ。踊るのが好きなのね、とか、恥ずかしがりとか、いろいろ。
そうこうしているうちに、自分の番がまわってきた。
「マイ・ネーム・イズ・ケイコ」
「アイ・アム・ジャパニーズ」
くらいを言うのが精一杯。情けないなと思う間もなく、アフリカンドラムが鳴りだした。「どうしよう」と途端に、体が勝手に炭坑節を踊り出した。掘って、掘って、また掘ってー、かついでかついで・・・と、アフリカのリズムに合わせにくかったけれど、なんだか楽しくなった。合わせにくいんだけど、けっこういい気分で踊るうちに、人より長いんじゃない? と気づいた瞬間、歓声があがった。踊った本人はびっくりだ。そしてなんとアンコールをせがまれたのだ。みんなが笑顔で拍手してくれたあの時。

「夏の日」

(匿名希望)

「・・・なんだろう、胃がムカッとする。」
私は東京行きの新幹線に乗っていた。大好きなバンドのライブに行って帰る電車の中で、急にふと思った。
その後のことはあまり覚えていない。どこかで、もしかしたらと思い、妊娠検査薬を買って検査して陽性で妊娠がわかったのだろう。
わかった時、私は自分の家に1人でいて、私のお腹の中に赤ちゃんがいると思えて、なんだか愛おしくて、少しまだぺたんとしたお腹に触れて泣いた気がする。
ここ数年、私の信頼してる女性に、その直後打ち明けた。「私、妊娠しました! 産みたいんです!」
その女性は言った。「それは産んだ方がいいよ。」
彼女に打ち明けた後、私は彼に伝えた。彼は沈黙。私は産みたいと言った。
彼は、いつの夜だったか、いつその話をしたのか覚えていないけれど、自分の知らない所で私と、自分の子供が生きているのは嫌だと言った。要は、産むことに反対だった。
彼との関係は、今思えば、いや、会っている時でさえ、自分でも、傍からみても、不安定でおかしなものだった。
夜中に私の家にきて、私はそれを受け入れて、セックスをして、私は仕事に行き、彼もまた仕事に行った。
結局、私は産む自信も、1人で育てる覚悟も母になる覚悟も持てなかった。母に相談したが、やっぱり産む決心をつけられなかった。
その後、通院していた婦人科の先生に、ある病院を紹介してもらった。とにかく私は、もうへろへろで暗い気持ちで誰でも何でもいいから、この状況を終わらせてほしいと、終わらせなきゃと思っていた。
手術の日。私は病院の個室のベッドで着替え、横になっていた。その時がやってきて、私は荷台のようなベッドに横たわり、ガラガラと手術室へ入った。先生が何か言うが、まったく自分の中に入ってこない。とにかくピカッとした天井にあるライトや、手術室特有の、もしかしたら、テレビのイメージの刷り込みかもしれない銀色の棚や灰色の何かが自分の視野に入ってくる。
カチャカチャ音がする。全身に麻酔するための注射を打たれた後、私の中に何かが入ってきた。でも体の感覚はなくて、意識はある。私は眠っていない。
私の中から何かがかき出される、その気がした瞬間、自分でもびっくりする位、私は上体を起こそうとしながらも、大泣きしてしまった。
今まで叫んだこともなく、叫ぶつもりもなかったが、きっと、大声で泣いた気がする。そんな私を、脇にいた看護婦さんが、やさしく押さえてくれた気がする。私は動けない。体に力も入らない。大きなおむつをつけてもらって、病室へ戻り、看護婦さんに抱きかかえられて、全身だらんとした状態でベッドに横になった。枕元にあったティッシュケースのティッシュで、私はその後、どの位の時間だったろう。でてくる涙と鼻水を拭いては、泣いて、鼻水がでて、声も時々でて、その繰り返しで何時間くらい経っただろう。
とりあえず帰る時間がくるまで、ティッシュで顔を拭いて、枕元には濡れたティッシュがいっぱい散らばっていたような、なるべく一か所に集めようとしたような、正直もう覚えていない。でも右側にあったティッシュケースと白い壁と白いシーツと枕の白さは、なんとなく今でも覚えている。不思議なことに、泣くだけ泣いた後、病室のカーテンや壁やシーツの色の白さからなのか、きっとそれは関係ないか。
なんだか自分の気持ちがすっきりしたことを感じた。なんというか自分の中のでるものがでて、すっきりした感じというか。
その日の夕方、麻酔も切れて、動けるようになった頃、私は病院をでた。地下鉄に乗って帰る気はなかったのだろう。
少し歩いたところで、タクシーを拾った。帰る場所はただひとつ。自分の住む家。タクシーの後部座席の左側に座って、窓越しに外をみた。曇った夕方の曖昧な白のようなグレーのような空と雲と、いつも目にするような信号や車が並ぶ光景と、視野に入っては流れていく、特に記憶にも残らないようなビルの連なりがぼんやりと見えては消えて、景色が変わっていく。

「白への扉」

西澤義博

紫色のブドウの様なキレイで不快さのないエレベーターの扉。無機質な鉄を隠して、鉄の重みを感じない軽やかな動きで静かにしまっていく。エレベーターの中はとても偉そうな空気で、この病院は新しい人ですよ、と伝えてくる。まるでホテルのような静かで重く勿体つけた雰囲気だ。鼻を刺す化学臭がする病室までの廊下はとても広く、窓から光がさしこんでいる。白い粒子の細い、まるで教会の中に差しこむ白い光、しかし神々しくはない冷たく苦しみと黒くドロッとした感情を覆い隠しているだけ。患者は美しくよどみも塵ひとつない生命の息づかいの乏しい箱の中に押しこめられているようだ。祖母がベッドに居た。田舎の泥や土、緑、虫、自分ではどうしようもなかったけど、共に一緒いることはできたあの秩序はないけど暖かい場所と、今いる秩序はあるけど冷たい場に居ることが、祖母をとても小さな存在にしてしまっていた入れ合わない仮の宿、全然関係のない場所、部屋全体が祖母から命に必要な暖かみをもったつつみこむ空気をうばっていた。部屋は広くベッドは4つしかない。隣のベッドとの距離がとても遠く感じた。
病院の外を出て、建物を見つめた時、白い入道雲が屋上の向こうに見えた。天国への扉が開いて天使が手を差しのべているように見えた。全ての色の力が失しなわれ、ただただ白かった。他の色は入ることができないくらい圧倒的な白い世界、祖母はここからこの白と共にあるのだろうか、もう何か動かせない大きな川のような圧力に押され、なすすべもなく茫然とこの白い世界を感じ続けるしかないのか。病院はこの白い世界の仲間、前にあるもの、人界との区切りでしかなかった。
天国に人を出荷するための流れ作業の工場。予定と結果と数式だけが血液のように循環していた。
エレベーターの扉がゆっくり物音ひとつなく空気と世界をふたつに割るようにしまっていった、波のように重なった鉄が順番に移動していく、祖母の顔が徐々に削られていった。子供の頃、田舎で祖母と過ごしたこと、今まで一緒にあったこと、そのつながりと思いとこの扉は入れあわなかった、つりあわなかった、ただただ1階を目指すボタンが下に降りていった。オレンジ色のボタンはランプのようなオレンジだった。

「二月のこと」

菊池ペコ

労働終わる 二十二時近い 友人が待つ 雑司ヶ谷まで向かう 高円寺から 新宿 新宿から副都心で雑司ヶ谷 「今向かってる」と連絡入れる 鬼子母神近くの 小料理屋着くと IとTがいる 「来るとは思わなかった」とIが言うが 「そうか」と言い Tに「何かたのめや」と言われ ビールたのむ 我々以外に客はいず IがめずらしくYシャツを着ているので「どっか行ったの? 服めずらしいな」 「服なんもなくてこれ着とる」 「そうか」 ビールのむうまい 二人は日本酒をのんでいる 「病院の匂いするな」 「仕事おわって会社で器具の消毒するからその匂いやろ」 「けっこう遅かったな」 「遠くの現場あったしな」 「行くとこ決まったんか」 「まだ 長野の施設は 見学行ったよ 交通費もないから 穂高からずっと歩いたよ」 「かなりの距離やろ」 「そう どこも決まらんかもしれんし」 「どっか決まるやろ」 「わからんけど そっちはどう」 「こないだ 人身事故のしゅうふくした ようわからん気持ちになったよ」 「おれにはようできんよ」 「四人がかりでやったけど やった後 遺族と連絡取れなくて あとどうなったかわからんけど」 「本当心ないな 何か食べれば」 納豆巻き おしんこたのむ 「Tは順調なん」 「生徒かわいいし やってるよ」 「そうか」 Iが「この先仕事するのが 想像できんよ」 「でも納棺の仕事すこしだけどやれてたよな」 「あれは、しないとどうにもならんかったし 運転をしてる時間とかあったからさ」 「そろそろ出るか」と会計し Tが多く出す 「もう少し飲もうや」とTが言う 「所持金あんまないよ」 「出すよ 二人とも無いの知ってるよ」と言い 小料理屋出て 大通りに出る手前で 見つけたワインバーに入る 「何飲む」 「一番かからんのにしてくれよ」 「気にすんな Iの送別会でもあるんだからな」 Tにまかせる赤ワイン うまい 「借金返すのに 選んだ選択だったけど よかったんかわからん」 「何でも ええよ Iは返すと思っとるよ」 「そういうのは Sだけだよ」 「Sは頭おかしいからな」 「おかしくないよ Iのこと信じられるからつきあっとるんよ」 「そりゃそうだよおれだって」 「なあ 電車もうないかもよ」 「ええちゃ 家くれば」 「朝帰って また仕事きついな」 「飲めや」 一時過ぎ店でる Tのアパートに向かう 三人で路地歩く 「久しぶりにTのとこ寄るな」 一階の玄関開けてく 靴脱いで階段上がる 階段にも荷物置かれ 部屋入る ゴミだらけ 「すごいな ひどいよこれ」 「Iちゃんいなくなってからひどいな」 「座るとこないよ」 「おれはベッド使う」 「おれは台所か」 「ソファかこれ」 ソファの上に積み重なった荷物どかし 「ここでええよ どうやったらここまでになるんかな」 寝ようとしたが 眠れず畳の上の酒やら灰皿につまづきながら台所に行くと「どした?」とIが言うので「寝れんから 歩いて帰るよ」と「じゃあ おれも行くわ」と言うので そっと階段下りる 「あいつようあそこで寝れるよな」 Tのアパートの外出て左に行き学校の脇道を通る 「どぉ 行くか」 「適当に行こう」 路地抜け 大通りに出て 「こっち行ったら護国寺の方だよ」 「どっちでもいいから歩こうや」 江戸川橋のあたりで「どっか入らんか 寒いよ」と言う 「ファミレス行くか」と 江戸川橋でファミレスに入る 「飲む?」 「おれはもう酒はいらんかな」 「そうか こっちは一杯たのむわ」 だらだらと話したが ほとんど覚えていない 五時過ぎ 「そろそろ行くか」 店出て 早稲田まで すこし雨降る 大学の校舎の通る 変な形のマンションの前通る 話すこと だんだん無い 早稲田駅で「じゃあ」と言って 別れる Tは寝てるんやろな

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