イベント「耳のまほう」コミュニケーションの可能性

土井響さんは、重度の自閉症と診断され19歳まで「知能年齢が測定不可能」と言われてきました。ことばを発しない響さんの行動は誰からも理解されず、お母さんも「わたしのことを母親だとわかってくれているのかしら」と感じることがあったそうです。響さんとのコミュニケーションは難しい。誰もがそう考え思い込んでいましたし、響さん自身も体のなかに溢れる思いをことばにして伝えることができず苛立っていました。19歳の誕生日にほど近いある日、一人の女性が響さんを訪ねました。もしかしたら、響さんとコミュニケーションができるかもしれない。そう感じてやって来たのは関西に住む牧野順子さんでした。響さんは、牧野さんと出会ったことで「自分の思いを他者に伝えることができる」ことを知りました。それからの響さんの変化は目を見はるものでした。最初は家族の名前を指で伝えるだけでしたが、お母さんが指談という方法を覚えたことで、お母さんを通していろんな人たちと会話ができるようになりました。でも、響さんは「じぶんはことばをわかっているわけではない」と言います。ことばがわからないのに、なぜことばを使えるのかしら? 誰もがもつ疑問でしょう。わたしもそう思いました。すると響さんは「耳のまほうを使って会話するんだ」と言います。「耳のまほうってなんですか?」

わたしは、始めて響さんと出会ったときに、響さんから「耳のまほうのことを伝えてください」と頼まれました。でも、いったい「耳のまほうって?」そこからわたしの「耳のまほうを探す旅」が始まりました。旅はまだ途中です。でも、今回は関西で牧野順子さんと響さん、そして響さんのお母さんも参加してのイベントが開催できることになりました。正直、信じられません。いずも毛布を頭からすっぽりかぶって人と目を合わせることができなかった響さんが、何百人の人の前に立つなんて。いったい響さんに訪れた変化はなんなのか。それは、響さんご自身から語っていただくのが一番よいと思いました。かつて、まったく他者とコミュニケーションできなかった響さんのことは、大勢の介護者が知っています。誰もがこの2年間の響さんの変化にびっくりしているのです。わたしもその一人です。

いったい「耳のまほう」とはなんでしょうか。どんな人ともコミュニケーションができる方法なんてあるのでしょうか。わかりません。だからこそ、ことばのない世界から、ことばの世界へやって来た響さんの体験をみなで聴いてみたいと思います。コミュニケーションは、ふつうに暮らしていればふつうにできます。でも、ある日、家族が倒れたり、友人が意識不明の重体になったりしたとき、ことばの世界から遠のいてしまったとき「もう会話ができないのかしら?」ととまどいます。そういうことが誰の人生にも起きる可能性があります。このお話は、もしかしたらあなたの人生には必要がないかもしれない。それはそれですばらしいことです。興味をもってくださったなら、ちょっとだけ世界が違って見えるかもしれない。でも、興味をもたなくてもぜんぜんいいのです。

このお話はにわかには信じがたい、変わったお話です。だから、ほんとうに、興味をもってくださった方が聴いてくれたら、十分です。

田口ランディ

「耳のまほう」申し込みサイトはココです!

 

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